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2006年10月25日 (水)

左翼評論家:山崎正和の虚言を討つ!

 左翼評論家で劇作家でもある山崎正和氏が今日25日の朝日新聞朝刊で

 【保守とはなにか】政治にはありえぬ立場:評論家・劇作家・山崎正和

 と妄言・虚言を述べている。

 Web上には(いまだ?)公開されていないので、拙者が一つ一つ反論することにする(山崎よ・文句あっか?)。

 

 まず冒頭に

 「近代社会には『政治的な保守』というものは存在しないし、存在しえない。私はそう考えている

 「もし保守というものが成立するとしたら、それは広い意味での【文化】の領域に限られるだろう。・・・中略

 文化とは身に付いた生活スタイルだ。・・・中略

 政教分離の原則は、こうした【政治と文化の区別】を象徴している。以降、政治は身体ではなく頭の仕事、つまり理性の仕事になった。そこには保守はありえない」

 反論する!

 現にアメリカでは共和党が保守的(政党)で、民主党がリベラル(政党)と言われている。朝日新聞が安倍政権の成立する前・さかんにこれを阻止しようとしたのは安倍氏の政策が”保守的”だからではなかったのか?

 政治が身体から理性に移行したとは断定できない。日本共産党や「男も女もまたく同じ」というフェミニストの考えが理性的とは到底思えない。

 理性で過去の良識を尊重するのが保守なのである。

 ”政教分離の原則”自体がキリスト教独自の教義であり、キリスト教が無かったらそのような概念は生まれようがなかった。民主主義自体もキリスト教の教義を基本にして成立したものであり、その証拠に世界の民主主義国はキリスト教国に集中している。日本は明治維新で西欧キリスト教社会を真似たから同じ近代国家を造ることができたのである。だから政教一致のイスラム国では一向に近代化できていない。

 

 「(大東亜)戦争を率いた官僚たちは当時『革新官僚』と呼ばれた。・・・中略

 戦後になると、『保守・革新』という言葉が広く使われた。しかしそれは、実態を表わした言葉ではなかった。実際に存在したのは、自由市場主義の立場に立つか、計画経済つまり社会主義の立場に立つかという対立だった。・・・中略

 それがいかに不適切な用語かが誰の目にも明らかになったは、旧ソ連の崩壊だろう。旧共産党の人たちが保守派と呼ばれたのだから」

 反論する!

 山崎氏は保守・左翼を狭義に捉え過ぎている。

 たしかに

 保守と左翼との違いは明確でない面もある。

 しかし、明らかな違いもある。

 地域的にではなく世界的に

 短期的にではなく長い歴史の中で観れば

 確かに保守と左翼の違いはある。

 保守とは

 長い歴史によって培われた祖先たちの叡智を受け継ぎ・これを現代の政治に反映しようという立場である。

 左翼とは

 過去へのこだわりを捨て・現在のみで考えようという立場である。

 これからすると山崎氏は明らかに左翼の立場に立っている!

 氏の過ちは

 「理性(科学)で行えばすべてうまく行く。解決できる」

 と傲慢に考えていることである。

 これでは

 「理性という宗教・科学という宗教」

 になってしまう・・・

 人間の理性を疑うことこそ

 本当の(正しい・謙虚な)理性なのである。

 たしかに

 ”理性の時代”というのが近代の最初にあったことは事実である。

 しかし

 不確定性原理や量子論の発見が近代の理性偏重を痛烈に批判している事実を山崎氏は知らないらしい。

 だから

 冷戦時代のソ連社会主義とアメリカ資本主義の対立も

 経済ばかりではなく、文化の対立・イデオロギーの対立でもあったのである。

 

 「(朝日新聞記者:塩倉裕氏の『山崎さんもしばしば保守派と呼ばれてきました』との質問に)

 前略・・・本来、政治的な保守とはまったく関係ない。文化の面では、どちらかと言えば保守的な人間だと思っているが。

 中略・・・だから私は政治において、保守主義者ではなく、近代主義者の立場をとらざるを得ない」

 反論する!

 これは山崎氏が実質的に「左翼である!」と宣言しているに等しい。

 近代主義(モダニズム)とは左翼思想に他ならないからである。

 現代は近代を乗り越える時代に突入している。

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 山崎氏が保守を貶めようと朝日新聞のインタヴューに応えたこと自体・自分が左翼であることを白状している。

 草莽崛起(そうもうくっき)PRIDE OF JAPANさんの記事を読めば分かるように

 政教分離原則違反は公明党だー「国立追悼施設を考える会」での山崎正和発言をめぐって 2005年11月10日

 山崎氏は2002年12月に国立追悼施設建設を提言した当時の福田康夫官房長官の私的懇談会で座長代理を務め、2005年11月9日:今回の設立総会でも

 「敵国も祀る。敵を祀るのは日本の伝統である」

 と報告と提言をしている。

 これでも左翼ではないと言うのか!?

 こんな保守がどこにいる!

 それに

 日本の伝統で神社に(朝廷の)敵を祀るのは

 朝廷が勝者である場合である。

 敗者である敵の霊が怨霊となって祟られては困るから、敵の子孫に祀らせて怨霊封じとしているだけである。

 だから

 大東亜戦争では日本が負けたのだから、

 敗者である日本が・靖国神社が敵の霊を祀る根拠は何もないのである。

 伝統ではないのである。

 むしろ勝者であるアメリカ・中国?が日本兵の霊を祀る慰霊施設を建てるのが常識というべきなのである。まぁ、そんな伝統はどこにも無いがね・・・

 

 昔はともかく、今は山崎氏を保守派などと言う者は一人もいないだろう。

 拙者は「歴史の真実と政治の正義」(2000年3月中央公論社刊)という氏の著書を持っているが、

 「左翼の思想を研究して対策を立てよう・・・」

 と買ったのに過ぎない。

 「南京虐殺にしても慰安婦問題にしても、日本があの侵略戦争を全体として認めた以上、そこから状況証拠によって問われている罪なのである」50p)

 とこの本の中で述べているように山崎氏は典型的な左翼思想家なのである。

 「思えば戦争直後に獲得した天皇制の保持、占領軍による直接統治の回避、軍票の氾濫を防いだ日本通貨の維持などを手始めに、戦後日本の独立の継続と回復は、いわばあの裁判での和解、ないしは司法取引の成果だったと見ることができるのである」

 とも同じページで述べているが、拙者が一番怒りを覚えるのがこの箇所である!

 ”司法取引”などというものは

 昔も現在に至るも

 金輪際・日本の法律上には存在しない!

 したことが無い!

 詭弁もいい加減にしろ!

 と言いたい。

 「例えて言えばそうなる」

 と言うだろうが

 法理論(法の原則)では

 当該の法律が無い場合にこれに類似した法律で裁くことは

 厳に禁止されている!

 絶対にやってはいけないことなのである!

 

 以上

 曲学阿世の徒:山崎正和氏の虚言を暴いたつもりである。

 保守の仮面を被った左翼

 彼らにダマされてはいけない。

 これからも

 氏への批判を行うつもりである。

 

 では

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