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2007年9月 1日 (土)

暴走マンガ集団:コミケ?

 評論家(儒者で封建主義者)の呉智英(くれ・ともふさ)氏が今日(9月1日)の産経新聞に

 【コラム・断】難読名と偏差値

 という記事を書いている。

 要約してみる。

 では

 その前に拙者にもクリックして呉・・・”くれ”(笑)

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 最近・特に女子名に暴走族のグループ名のような画数が多く・無理読みの漢字を使ったものが多くなった(呉氏は”暴走万葉仮名”と呼ぶ)。

 知り合いの大学教授などに聞いてみると

 偏差値の高い大学にはほとんどいないそうである。朝日新聞には特にいないようである(笑)。

 女子名に”子”をつけるようになったのは明治半ば過ぎからで、皇族・華族への憧れと言う目標があった。

 しかし昨今の暴走万葉仮名は

 独自性・独創性を名目にしているが、結局は「俺様化」である。

 実績の伴っていないのは・なお困る。

 昨今の若者の下流意識を生み出す底流に

 「自分らしさ」が挙げられるが、これにもそれが感じられる。

 (呉氏のコラムを柳生が分かりやすくアレンジしました)

 

 

 拙者はこのコラムを読んですぐ例の

 コミケの連中

 を思い出した(笑)。

 「登山や釣りと同じに趣味なのだ!

 放っておいてくれ!」

 と彼らは言うが

 大学の登山部でシゴキが問題になったこともある。

 10万人が1ヶ所で釣り大会をしたら大問題である!

 もはや趣味ではない!

 それに

 登山も釣りも趣味とはもともと個人のものである。

 それが大集団で行うとなると

 趣味そのものではなく開催の方が目的化する。

 レジャーであることや魚を釣ることよりも釣り大会の運営の方が大事になるということだ。

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 これは宗教団体も同じである。

 もともと宗教も最初は趣味のようなものである。

 それが指導者を得て巨大化すると

 お布施を集め・豪華な会館を建てるようになる。

 修行が忘れられ

 挙句の果てはオウムのように犯罪にまで手を出す!

 これが恐いのだ。

 

 マンガも昔はポンチ絵などと言われバカにされていた。

 それを幾多の年月に渡る漫画家たちの努力によって現在の

 Pop Culture にまで発展してきた。

 その利点は

 難しいことでも誰にでも分かりやすく説明できることだろう。

 それを

 「趣味だから

 サービスなど期待するな!」

 と言われると

 長くマンガを愛し・何かとこれまで関わってきた拙者は反撥したくなるのだ。

 偉そうな評論家に

 「マンガは芸術ではない!」

 と蔑まれても大衆に愛されたからこそここまで発展してきたのではないのか?

 サービス精神こそがマンガの真髄ではなかったのか?

 それがやっと日の目を見たのに

 若いマンガを描く人たちが趣味に閉じ篭り

 「サービスなどしない!」

 と言う。

 しかし

 室内でやる大道芸に価値は無いように

 大衆に背を向けたマンガなどには意味が無い!

 のである。

 

 だから

 コミケが(擬似)宗教(Cult)ではなく・本当に良いものなら

 何らかの形で社会にそれを広げるべきである。

 暴走族も・カルトも・自分の論理だけで行動する排他的な集団であることが問題なのだから・・・

 暴走万葉仮名も

 父母・祖父母などとのつながりも無く、自己主張だけが強い(排他的・オレ様的)のが問題なのである。

 親の自己満足でのみ命名すべきではない。

 誇れるのが”名前”だけでは情けない。

 その行動(人生の歩み)によって尊敬される人物になってほしいのである。

 宇梶剛士島田紳助暴走族だったからではなく

 その後・芸能界や社会で努力したからこそ評価されているのだ。

 暴走はやめようね・・・笑

 警視庁ならぬ公儀隠密:柳生すばる より

 

 では

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コメント

コミケの皆様へ
 何回も同じことをコメントしたり・聞くのは単なる嫌がらせです。
 建設的でないことは時間のムダです。
 同じことを返事したり・感情論と付き合う暇はありませんのでコメント欄を閉鎖します。
 「感情論はやめよ!」
 と何度も言っていますし、プロフィールやblog本体にもそれは断っているはずですから。

投稿: 柳生すばる | 2007年9月 3日 (月) 00:46

・・・「コミケの代表者を立てなさい」というのは、
社会的:「お前の関係する会社の代表取締役を出せ!」
政治的:「お前の支持する政党の党首を連れて来い!」
というのと同義なのではないでしょうか?

せめて相手方の情報を集めて、適切なインフォメーションセンターに
連絡を取ろうとするのが筋だと思われますが...。

なお、コミケは「マンガ同人誌(のみ)の交流会」ではなく、
カタログには『コミケ…表現の場』と規定されております。
ttp://d.hatena.ne.jp/ir9/20061002/1159742289

(以前のカタログで公式ページには記載がないのですが)
是非こちらをご一読いただければと思います。

あくまで"場"であり
『出来る限り多くの表現が出来るようにする』という
理念のため、拡大することが必要で余儀なくされましたことを
お知りになってほしいと思いました。

投稿: KEITAKI | 2007年9月 2日 (日) 23:11

確かに「カルト」という言葉はネガティブな響きを持ってますから、
コミケ側の人にはあまりいい気分はしないですね。

>>ただし感情論はこちらも感情的になるのでお断りしています。

柳生さんがご自身で気付かないうちに、ネガティブな言葉を
使用することで、感情的な意見を招きよせているのかも
しれませんね。
そういう言葉をわざと使用することで、話の展開を有利に進める
ディベートの手法もあるとは聞いてはいますが。

投稿: ブーメラン | 2007年9月 2日 (日) 18:55

「異論を封じようとして大挙押しかける」のをカルト扱いすると、朝日新聞やら媚中派やらに抗議の為に大挙押しかけることまでカルトってことになっちゃいます。こんなお気楽にカルト認定してちゃいけません。

投稿: sadatajp | 2007年9月 2日 (日) 18:20

コミケ?の皆様へ
 関係者なのか?単なるファンなのか?
 微妙に違うので答えようがないのですが・・・
 (出来れば正規の代表者を立ててほしい)
 今回の記事の趣旨でもある「オレ様化」が、私がコミケを批判する1番の理由であることがコメントでも確認されました。
 
「マンガ同人誌の交流会」なら
 もっと小規模でやるのが本来の姿です。大きくなりすぎたのが間違いです。私はそう思います。
 「それでも大規模でやりたいなら・・・」という提案で前回の記事を書きました。
 
 「サービス精神がマンガの原点」と私は思っています。
 もうコミケには行かないつもりですから、カタログを手に入れるつもりもありません。
 
 何事も最初の印象が大事です。
 「自ら管理されるようになるのが人間社会」(監獄の誕生)
 というのがフーコーの著書なのですが・・・笑
 
 私はできるだけ批判のコメントも載せています。ただし感情論はこちらも感情的になるのでお断りしています。
 しかしコミケには批判のコーナーがありません。
 それなのに私の方が
 「耳をふさいでいる!」
 のですか?
 正反対のことは言わないでください!
 とにかく
 コミケに対する異論を封じようとして大挙押しかけるのはカルトとしか見えませんね。

投稿: 柳生すばる | 2007年9月 2日 (日) 14:14

8月20日の記事で、
「運営会社(準備会?知らねーよ)」という
記述があったと記憶しています。
「運営会社」という言葉を使い続けることで、
「コミケに対する認識を深めるつもりはない」という
あなたの意思表示なのだと判断しておりました。
いま8月20日の記事を読み返してみると、
その記述はなくなっています。修正されたのでしょうか。

8月20日の記事はコメント機能が停止されたため、
これらの話題についてもっと深く討論したいと思っていても実行できません。
幸いにして、今回の記事で再び議題提案されたので、
この場を借りて討論させていただきたいと考えております。

あなたが政治に対して真剣に考えて行動されているのと同様に、
コミケに対して真剣に考えて行動している人々がいるのです。
互いにムキになって感情的な発言・書き込みが出てきてしまいますが、
それも真剣さの表れだと受け止めてみませんか。

投稿: ブーメラン | 2007年9月 2日 (日) 12:24

どうあっても管理されない文化が存在することが嫌なようですね。あなたのようなタイプが官僚や政治家には多い。管理することに喜びを感じ、管理される側は管理されることで幸せになると確信している人だ。右翼・左翼に関係なく、政治・行政に興味がある人は、他人を管理すること(および付帯する妄想)が大好きになるものらしい。

実際は管理される側は管理されたくない。相手が国家であり官僚だから嫌々従ってるだけなのだ。国家が左翼的であろうと右翼的であろうと、末端の一般大衆はいつでもアナーキーで自由を渇望するものなんですよ。そういった土壌から生まれ出てきたコミケが、あなたが提案する「~べきである」という外部からの管理を嬉々として受け入れることは絶対にない。内部から沸き上がる自主管理にしか彼らは従わない。それがあなたには許せないだけだ。つまり手に入れられないものに対する醜い嫉妬なのだ。

また産経新聞の記事を引用するあたり、コミケに集う若者はみな低学歴のフリーターだと決めつけておられませんか?確かにそういう人は多いでしょうけど、文化というものは、安定した地位からだけ生まれるものではないことは歴史を振り返ればよくわかりますよ?そういう地位・学歴がコミケにおいて何の意味も持たないことが序列大好きなあなたには許せないのでしょう。私は東大卒の医師ですので、他人様の学歴自慢は意味を持ちません。コミケにおいては販売されている本の内容がすべてであり、執筆者の学歴など無意味。学歴を口にするのは無粋で下郎。あなたのように「教育程度が~」と小馬鹿にする人を見ると吐き気がします。だったら私があなたの学歴をバカにしてもいいわけですよね?カリスマがおらず、3日間だけの運営者・参加者という関係があるだけのコミケが、カルト宗教化すると考える貴方の教育程度を是非知りたいです。

投稿: Sieg Heil | 2007年9月 2日 (日) 09:51

>大衆に背を向けたマンガなどには意味が無い!
 のである

大衆にとっては意味の無いものでしょう。
商業誌と同人誌では


>もともと宗教も最初は趣味のようなものである。
>それが指導者を得て巨大化すると
>お布施を集め・豪華な会館を建てるようになる。
>修行が忘れられ
>挙句の果てはオウムのように犯罪にまで手を出す!
>これが恐いのだ。

おっしゃるとおりです。
しかし、8月20日のエントリで貴方の書かれた提案、
サービスが充実し至れり尽くせりできれいで広い会場で7日間開催。これは現在の準備会の収入ではとてもまかなえません。
入場者からお金を取り、出展者からはもっと多いお金を取らなければならないでしょう。
同人誌は売っても大してお金にはならないか、あるいは赤字です。
中小の同人サークルは参加しなくなるでしょう。
コミケ会場から同人サークルが消え、出展者として企業が軒を
連ねるばかりになっては、それはもはやコミケではなく、
只の「マンガ・フェスティバル」でしかありません。
宗教を商売にすると道を誤るように、同人誌即売会もやたらに
商売に走っては道を誤ります。

コミケに対し、理解があればこのような提案は出てこないでしょう。
コミケはもっと多くの人に理解てもらう必要もあるかもしれません。

しかし、8月20日のエントリのように、間違った知識で記事を
かかれては、「大衆」に対し、理解どころか誤解を深めるばかりです。

「何らかの形で社会にそれを広げる」妨げにしかなりません。


ブログに何を書こうと、それは貴方の自由です。
上辺だけを見て知った気分で適当を書くのも自由です。
しかし、何を書いても自由だからそれが批判されるのはおかしい、
というのは間違いです。
上辺だけを見て知った気分で適当を書いては批判されるのは
当然であり、その批判をカルトだ、荒らしだと一蹴しコメントを
削除しコメント欄を閉鎖するのはいかがなものでしょう。

多くの人は、「ああ、この人は適当な記事を書いて批判されたら
それを握りつぶして耳をふさぐ人なんだ」と思うのではないでしょうか。

コミケのエントリだけでなく、他のエントリまで胡散臭いものと
判断されてしまうのではないでしょうか。

投稿: コミケ参加者 | 2007年9月 2日 (日) 09:04

自分は「コミケ」なるものの本質をよく知りませが
「コミケ」という集会は、なにやら怪しいもの、という印象を
もっています。

柳生様がおっしゃるように
「自分の論理だけで行動する排他的な集団」
でないことを期待しております

投稿: みぎよりますたー | 2007年9月 2日 (日) 06:11

名前・コミケ、それぞれどーでもいいじゃんって気します。
個々が好きなようにやればいいんでないの? 別に問題ないっすよ、こんなもん。

投稿: sadatajp | 2007年9月 2日 (日) 03:29

コミケの記事もそうでしたが、あまりに商売的にしか捉えてないな。
という印象を受けます。

柳生氏と読者の「趣味とサービス(商業活動)との区切りの差」が前回の炎上の原因ではないかと思っていますが…さて今回はどうなるか。

投稿: 貴彬 | 2007年9月 2日 (日) 02:02

とりあえずコミケカタログを入手して読んでください。ルールやコミケの理念など重要なことが書かれています。
それを踏まえた上で批評しないから批判されるんですよ。

投稿: 同人作家 | 2007年9月 2日 (日) 01:55

呉氏の発言には同意します。最近のDQNネームの氾濫はどうにもなりませんね……「靴箱に 源氏名並ぶ 幼稚園」という川柳を思い出してしまいます。

さて、私は前回こう書きました。

>以後、私が貴方の「『コミケ』マンガよりヲタク・フェスティバル?」の記事に関して、コメントを付ける事はありません。

ですがこれは新規のエントリーなので、この記事に関して、コメントをさせて頂きます。

>大学の登山部でシゴキが問題になったこともある

この譬えで何を仰りたいのかが理解できないのですが、貴方は何度も同じ勘違いをされていますね……

“登山部”は、ひとつの纏まったグループです。

コミケはそもそも、纏まってなどいないのですよ。というかこの譬えを用いるならば、コミケは登山部ではなく、山といった方が適切でしょう。

>10万人が1ヶ所で釣り大会をしたら大問題である!

10万人収容可能な釣り堀を用意している訳ですが。

>登山も釣りも趣味とはもともと個人のものである。
>それが大集団で行うとなると
>趣味そのものではなく開催の方が目的化する。

趣味の共通な人同士が交流する場所ですから、初めから開催(して交流する事)が目的なのですよ。

>もともと宗教も最初は趣味のようなものである。
>それが指導者を得て巨大化すると
>お布施を集め・豪華な会館を建てるようになる。
>修行が忘れられ
>挙句の果てはオウムのように犯罪にまで手を出す!

オウムや創価学会みたいなカルトの極端例出して批判されても……

アルビジョワ派とかフランチェスコ会とかご存じですか?

>「趣味だから
>サービスなど期待するな!」
>と言われると
>長くマンガを愛し・何かとこれまで関わってきた拙者は反撥したくなるのだ。

そりゃ、プロにはサーヴィスする義務があるかもしれませんが、あそこにいるのは同人、つまりアマチュアですよ?(プロ同人という存在もいるにはいるが)

そして何度も言うように、コミケに「客」(つまり、サーヴィスを受けるべき相手)はいません。

>大衆に背を向けたマンガなどには意味が無い!

向けてません。

何度も言うようにコミケはファン同士の集まりであって、理論上、そこに大衆は存在いたしません。

>コミケが(擬似)宗教(Cult)ではなく・本当に良いものなら
>何らかの形で社会にそれを広げるべきである。

十分広まってます。

貴方は何かオタクを社会とは別の存在と見なしているようですが、彼らも立派な社会の構成員です。

9月1日20時54分、東洋の魔笛さん。
9月1日21時49分、清風匝地さん。

2件のトラックバックが今のところ確認できます。柳生さん、政治ブログの上位に位置するだけあって知名度が高いですね。ならば、なおの事、記事は慎重に書いて頂きたいものだと愚考いたします。

乱文失礼しました。それでは。

投稿: mukke | 2007年9月 2日 (日) 00:13

そんなにコミケにサービスしてほしかったのか・・・?w

とはいえ、
コミケを知らない人からコミケがどう見えているのか、ということを
コミケの人たちに提示したという点で、先日のエントリーは評価できると
俺は思っている。
俺はコミケに参加する人の一人だが、一般の人(例えば職場の同僚や上司など)にコミケって何?って尋ねられたとき、何から説明したものか、いつも難儀している。内輪の約束事が多いんだよな。

「カタログ読め」って言われても、どこか突き放された感じがして嫌だよね。なにか、もっと上手な説明の方法はないものか。
そういうことを、先日のエントリーでのコメントで、集まってきた人たちとも語ってみたかったんだけど、コメント機能は停止されてしまった。俺は、そこがとても残念だったと思う。
今度は大丈夫でしょうか?

投稿: 忘れようにも思い出せない | 2007年9月 1日 (土) 22:26

柳生さま、こんばんは。TBありがとうございました。
世間にはいわゆる「サブ・カルチャー」と呼ばれているものがありますが、コミケなどもこれに入るのですかね。
そうなると、その他のサブカルチャーとの比較、さらには漫画というポップ・カルチャーとの比較も面白いのではないかと思われます。
その根底に一体なにがあって、どいういうところが共通しており、何が違うのか・・・。
あくまでも自己満足の域を出ないのか、仲間内での盛り上がりを「共感」と称してよいのかなど、イシューは多々出てくると思われます。
(前回は炎上したようで大変でしたね。私は最初意味がわからなかったのですが、あれが炎上というのだと分かりました。身近な方のブログが炎上するというのは初めてでしたので、びっくりしました)

投稿: ナルト | 2007年9月 1日 (土) 20:53

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