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2008年6月29日 (日)

理系天皇論:道徳より血統が皇室の正統性

 Will 8月号(サイドバーにあり)をAmazonで購入し・巻頭論文:西尾幹二氏の

 「これが最後の皇太子さまへの御忠言

 を読みました。

 例の7月号「西尾幹二さんに敢えて注告(これは編集部の裁量)します これでは朝敵』(これも編集部の裁量による)といわれても・・・」竹田恒泰氏(慶大講師・明治天皇の玄孫)への反論と思いましたが

 (私は5月31日に

 西尾氏は謝罪し撤回すべきだ!

 という竹田氏支持の記事を書いております)

 今回は「皇太子殿下と妃殿下への不満と本来あるべき皇室と国民との関係」についての自説を述べるに留まっています。

 ただし「続きは9月号で・・・」とありますから

 次号では「本格的な竹田氏批判」がなされるかもしれません?

 では

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 西尾氏の論文を要約しますと以下のようになります。

 ・・・・

 天皇は古来はもとより近代は特に「国民共同体の中心」であり常に「民を思う心」をお持ちになって来られた。

 しかるに皇太子ご夫妻は

 その地位に相応しい「民を思う心」をお育みになっているようには思えない。

 国民も「ただのセレブ」としか認識していない。

 今上天皇も皇太子時代は

 京都の大宮御所には「寒くてやりきれない・・・」と仰って泊まられずに市中の都ホテルに泊まられていた。

 皇室と国民との距離もさらに開いてしまったし

 皇室自体も世代交代のたびに威厳を失っていく。

 これでは

 皇室は自らの存在理由を失ってしまう。

 

 今回のブラジル訪問でも雅子さまは

 「病気治療で行けない」と公務と私事を混同している。

 また妃殿下はご婚約会見でも

 「愛情に満ちた温かい家庭であることを・・・」と

 愛子さま満1歳のご誕生日でも

 「お陰さまで、とても今のところは身体が丈夫で・・・」と

 ”雅子さまとリズム体操を楽しむ愛子さま”と題したビデオ映像の公開に当たっても

 「愛子さまのプライベートな場面を本人の了解なしに出すことを気にされていた」(東宮職の紹介によるお言葉)

 と言われている。

 これでは「公的存在である皇族の役割を理解していない」ばかりか

 「(雅子妃は)アメリカナイズされた民主主義にとっぷり浸った、自己主張の強い性格」

 としか私(西尾氏)には見えない。

 また雅子妃殿下が

 宮城や東宮御所への清掃奉仕団に対して

 年に1・2回ほどしか”嫌々ながらのご会釈”しかしないのは

 天皇と公民の関係性を傷つけ・ひいては国家秩序の大枠に罅(ひび)を入れていることになる。

 既に妃殿下が

 平成15年9月から宮中祭祀にいっさい参加されていないことは

 周知の事実である。

 

 古来より日本の皇室は

 聖徳太子の「国土王有」(天皇の名において土地と人民を直接統治すること)の思想や

 大化の改新での「公地公民制」

 それから50年を経ての「班田収授の法」(6歳以上の男女に口分田が与えられた)

 の例を挙げるまでもなく

 階級対立を超えた・権力を伴わない超越者の位置を占め続けて来た。

 その意味で「公」は天皇を示す最もふさわしい言葉である。

 

 また新嘗祭(にいなめさい)

 皇室の水田から収穫された米が用いられるのに対して

 大嘗祭(だいじょうさい)では一般百姓の田・公民の耕作田で収穫された米が用いられる。

 これも神人共食の神事を通じて

 そのときの新穀が「あらゆる階級を超えた国家全体の成員を代表している」ことと軌を一にしている。

 

 日本人は

 「自己同一性が著しく高い国民」(人間は皆平等)であるが

 「同じでないものが一つだけは存在しなくてはならない!」とする

 合理を超えた真理が

 万世一系の世襲制度として125代も続いて来た天皇制度

 である。

 これがわれわれ日本人の宗教観念である。

 天皇を通じて実現される「 平等らしきもの 」が” 日本流儀の民主主義 ”なのである。

 (天皇を別格とする無階級社会)

 

 中国史では

 君子階級:道徳的に正しいことにだけ関心がある優秀な人間

 小人階級:私利私欲を唯一の関心事とする劣等な人間

 の2つの階級しか存在しないとされてきた。

 1300年も続いた科挙の制度もこの考えに由来する。

 

 しかし我が日本国は

 皇室が祖国と民の守り神であることへの国民の宗教的信仰心がまずあり

 民を思う天皇の「無私の精神」と相俟(あいま)って「公が成り立つ」のであって

 どちらか一方が欠けてもうまく行かない。

 

 以上・私(西尾氏)は

 皇室の原理と将来の危機について述べてきたが

 皇太子ご夫妻に慎重さと努力が足りないことは明らかで、今のままで今後も何も変らないとしたら

 「公」は無視され・国民の心は天皇家から離れてゆくであろう(この稿続く)。

 なお7月号で竹田氏の私に対しての反論記事への回答は本稿で充分になされていると思う。

 (以上・・・Will誌上での西尾氏の論文より抜粋)

 

 

 私がまず意外に思ったのは

 西尾氏が「東宮ご一家」としてまとめて批判するのは別にして

 皇太子殿下1人を批判はしていないことです。

  そして私が注目したいのは

 西尾氏が「天皇が持つべき資質として公(的存在としての)意識」をまず求めていることです。

 言葉を変えて言えば

 「皇太子殿下は道徳が足りない・・・」

 「高い道徳を持て

 と言っていることです。

 しかし私は高崎経済大学教授・八木秀次

 「天皇という存在は完全なる血統原理で成り立っているものであり

 この血統原理の本質は初代:神武天皇

Photo_2 の血筋を受け継いでいるということにほかならない」

 (「女性天皇容認論」を排す71p:清流出版)

 を提出いたします。

 西尾氏が今回のWill論文で

 今上陛下の5代前の(江戸時代末期)119代:光格天皇の事例を持ち出すのに対して

 八木氏はむしろ

 初代:神武天皇の方を”天皇原理の原型”と見ています。

 私も八木氏同様

 「神々に連なる家系」であるからこそ皇室は日本人の尊敬の対象となり・日本人の誇りとなるのだと思います。

 左翼・憲法学者の奥平康弘氏(東京大学名誉教授)も「世界2004年8月号」で

 「・・・万世一系とは

 男系・男子による血統の引継ぎであり

 女系・女子がこの間に入り込む余地はないのである」

 と” 血統絶対 ”の姿勢を見せています。

 ・・・まぁ、西尾氏と八木氏は

 かなり仲が悪いんですが・・・happy02

 

 天皇に必要とされるのは

 「道徳」か?

 「血統」か?

 たしかに難しい問題ですね・・・coldsweats02

 世の親たちは自分の息子や娘が

 勉強が出来・スポーツ万能で・おまけにピアノが弾ければ・・・

 と高望みしますが

 天皇も「道徳・血統」両方あれば良いことに違いありません。

 しかし世の中は

 「2者択一を迫られる」ことがママあります。

 フランス革命でもアメリカ独立革命でも

 「自由か?死か?」

 というスローガンが掲げられて戦われました。

 「自由を与えよ!然らずんば死を与えよ!」

 「自由が無いなら・死んだ方がマシだ!」

 ということです。

 タイタニック号が沈むときにも

 女・子どもが先に救命ボートが与えられて・次に老人

 最後は壮年・青年男子でした。

 (紳士はコーヒーを飲んでいましたね・・・coldsweats01

 何事にも「優先順位」はあるのです。

 さて天皇の資質としては

 「道徳」「血統」どちらを優先させるべきでしょうか?

 

 その前に中国史では

 禅譲:自分の子にではなく有徳者に皇位を譲る や

 易姓革命:徳を失った王朝を倒し・別の王朝が立てられる

 が王朝交代の原理とされていますが

 これは「実力主義」(実力ある者が皇帝となる)という意味では一緒です。

 1300年以上も続いた科挙も実力主義の官吏登用制度です。

 しかし日本では

 科挙は採用せず・皇室の継承も血統原理という中国とは別の原理で成り立っています。

 これは現日本国憲法の第2条

 「皇位は世襲のものであって

 国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」

 にも表わされています。

 

 私が今回・強調したいのは

 「道徳」という”努力次第で何とでもなる”資格を皇位継承の条件とすれば

 例えばの話

 コンテストで美女を選ぶように

 科挙や選挙で選出するように

 天皇が選ばれてしまう危険が出て来るということです。

 下手をすると”外国から”ということも考えられます。

 つまり

 「男女平等」や「世襲の不公平・差別」という左翼(の道徳)原理が

 幅を利かすことになるのです。

 だから私はこれには反対です!

 

 誰しも考えれば分かることですが

 皇統 100 道徳 0 でも皇位継承の資格はあります

 「道徳というものは努力すれば獲得できる!」

 からです。

 しかし

 皇統 0 道徳 100 では皇位継承の資格はありません!

 いくら努力しても皇統は獲得出来ないからです。

 やはり

 天皇・皇室の正統性は

 天皇に道徳があるから ではなく

 皇統を受け継いでいること(血統の正統性) なのです。

 神々に連なる家系の総本家が皇室であり

 日本国民もまた・遡ればその皇統に連なるのですから

 その大家族の集合体が日本国の姿であり本質なのです。

 世界人類の祖先がアフリカの

 ミトコンドリア・イヴにたどり着くなら

 日本家族・総本家の祖先は

 Y染色体ジンム(神武)

 にたどり着く というところでしょうか・・・happy01

 日本という国は古来より

 「DNA共同体」なのです。

 

 西尾氏は

 「雅子妃殿下が皇室祭祀をおろそかにする・・・」

 と嘆かれていますが

 皇室祭祀で1番重要と言われる 

 「大嘗祭」:新天皇が真床襲衾(まどこおふすま)により天皇の祖霊と一体化・同一化して皇位を継承する儀式

 でさえも

 15世紀後半の103代後土御門天皇から

 17世紀末の113代東山天皇の再興のときまでは

 「宮中財政が逼迫!」(お金が無い!)という理由で

 実に ”221年” の長きに渡って「途絶していた」のです。

 それでも

 皇位の継承は連綿と続いて現在に至っています。

 ですから

 西尾氏の心配は分かるのですが

 祭祀の中絶という最悪の場合でも皇室の権威は損なわれないのです。

 まぁ、西尾氏も

 「杞憂のしすぎ」で頭がハゲたのかも知れません・・・weep

 

 とにかく

 高天原(たかまがはら)の神々は

 天孫(天照大御神の孫の瓊瓊杵尊)を降臨させたのであって

 道徳を基準に選んだのではないからです。

 

 では

 皆さんも一斉にクリックで降臨!lovely

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7・5反支デモのお知らせ
 と き 7月5日・土曜日 正午(午後12時)より
 ところ 東京都港区 芝公園 (デモはここから霞ヶ関を通って日比谷公園まで)
 詳しくは【対中外交】国民の怒りの声を聞け!【言論弾圧】~ACT FOR OUR FUTURE~をご覧下さい。

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コメント

sirouさん
 やはり日本人は「DNAを共有する家族共同体」です。
 そして皇室は日本人全体の総本家なのです。
 ですから
 地域の神社を大切にすることが・ひいては他の地域の人たちとも日本国民として一体感が生まれるのです。

投稿: 柳生昴 | 2008年7月 6日 (日) 13:12

耕さん
「自殺するのもやむを得ない」と「自殺したい」は”ほとんど同じ”でしょう?
「金を出さなければ殺す!」と言われても「殺したいから殺す!」と言われても
殺される側からしたら同じですよ。

投稿: 柳生昴 | 2008年7月 6日 (日) 13:04

血統です。
スメラミコトのDNA共有集団が日本人です。
男系女系の混在雑系の天皇陛下などあり得ません。男系の天皇陛下を戴くのが我が国の誇り。易姓革命を準備するような女帝も緊急避難をのぞいては赦されません。徳性重視は易姓革命を準備します。柳生さまの意見に同意します。
  日本たばこ党 sirou
名古屋参加したかったのですが、当日 氏子になっている神社の打ち合わせがありまして行けません。残念です。

投稿: sirou | 2008年7月 5日 (土) 09:26

耕さん

耕さんのブログの内容は理解できますがコメントで「あれ?」と
ひっかかることにちょっと口出ししてしまいました。
私の読み違いもあったよう(すみません)、でも耕さんのお考えは基本的にはやはり
同じようなものだと思い安心しました。

耕さんのお考え、再確認しました。

>「皇室を見る国民の目線」が問題なのです。

私は耕さんとは目線が少し違うようですがあまり大したことではなかったことのようですね。

投稿: KAME | 2008年7月 5日 (土) 06:40

>とにかく「皇室の廃止」と言うのはやめよう。

ではそうさせていただきます。

>存続を前提に善後策・改善策を思案しようではないか・・・

もとより当然のことです。「廃止したい!」なんて一言も言っておりません。たとえば「自殺するのもやむを得ない」と「自殺したい」は雲泥の差のはずです。

投稿: | 2008年7月 4日 (金) 23:43

耕さん
とにかく「皇室の廃止」と言うのはやめよう。
それなら多少の批判は良いと思う。
耕さんも「日本史は天皇無しには考えられない」と言っているのだから
存続を前提に善後策・改善策を思案しようではないか・・・
陛下・殿下に道徳を求めるなら
われわれも礼節を忘れないようにすべきだ。

投稿: 柳生昴 | 2008年7月 3日 (木) 23:34

kameさん

私は柳生さんの
>「道徳100でも・血統は”0”」
>もう1人が
>「道徳”0”でも血統100」のときはどうする?
という質問に
>私は道徳40、血統60なのでそれなりの扱いをします。
と答えています。
つまりこれは道徳が100の論客と血統が100を主張する論客がいて、私はその論客に対して血統60、道徳40の立場として扱う、と答えたものであり、皇室にたいして「扱う」と言ったのではありません。少し誤解を与える書き方だったかもしれません。

今回の天皇家の問題は支える国民の側の態度の問題でもあるので、公に論じられる価値があります。その旨を述べたまでです。
それが「民間レベルに引きずりおろ」すことになるのでしょうか。
「皇室を見る国民の目線」が問題なのです。
私は「主君押し込め」などする感覚は持っておりません。したがって皇太子殿下には皇祖皇宗に恥じない陛下として輝いていただかねばならない。
杞憂ならば杞憂で構いません。
しかしあんまり言うと不敬になりますが民間から妃をとる時点で現在の事態は予想されていたことです。皇后陛下などは個人の努力でこの問題を克服されたのです。しかし誰でも努力できるわけではありません。

みちおさん

いえいえ参考になりました。

投稿: | 2008年7月 3日 (木) 23:13

耕さん
3度目になるが・もう1度言う。
耕さんは3つの大学院に合格して結局
今までの大学の大学院に通うことにしたではないか?
これは「3者択一」である。
「2者択一」が出来ないわけはない。
もっとも耕さんは大学から自宅まで「国道で一直線」だから便利なのかも知れないが・・・happy01
道徳40、血統60・・・
「血統優位」なら結構・結構・・・
「国民の問題」なら尚のこと
「皇室廃止!」などと過激な言葉を慎まなければなりません!
 
みちお・さん
たしか産経新聞だったと思いますが
昭和天皇が「葡萄をわざとテーブルの脇に落す話」・・・
不敬になるのでこれ以上は話さない方が良いのでしょうが
私は今上陛下に水泳を教えた方に会ったこともあります。やはり「不得手」だったことは言っておりました。
私も履歴書に書ききれないほど職を変りましたよ。coldsweats01
 
kameさん
「天皇を国民の思い通りになるシステム」と考えるのは仰るように傲慢ですネ。
西洋とは違いますが
「天皇の神性」ということも忘れるべきではないと思います。
ここでも「神に道徳を求める」不合理が指摘されます。

投稿: 柳生昴 | 2008年7月 3日 (木) 13:44

耕さん

>私は道徳40、血統60なのでそれなりの扱いをします。

扱いという言葉はいくらなんでもないでしょう。

結局、耕さんにとってご皇室への想いはそれぐらいで
「ここまではOK、でもそれをはずれたらアウト。」なんでしょうかね。

はずれた場合にどうすればいいかを何度も柳生さんも話されておられるのに。
どうして

>天皇が独裁化する可能性も無きにしも非ずです。

と話が飛ぶのか・・。
どうやって天皇が独裁されるのでしょうか?
裏切るとは?
自衛隊が天皇直轄の軍隊になるかもしれないとでも?

>皇室の問題は国民の問題です。

いつからそうなったんでしょう。ご皇室はご皇室としていつも危機に遭われながら
どうにかこうにか利用されながらも続いてきたのですが。

で、耕さんは今、天皇を民間レベルに引きずりおろして
「こうでないといけない」というあなたのレベルに合わせろというのですか?

投稿: kame | 2008年7月 3日 (木) 05:20

>耕さんへ。まだこのページを読んでおられますか?
ご記憶にないとは思いますが、ずっと以前そちらのブログでもコメントしたことのあるみちおです。
ご無沙汰しております。
そちらのプログもますます快調のご様子。心からお喜び申し上げます。
さて、今回のこの柳生昴さんと耕さんとの会話(コメント)についてですが、柳生昴さんは「道徳か血統か?」二者択一するなら「血統」だ。とおっしゃり、耕さんは「血統と道徳」は両輪であり、どちらも欠くことはできない。とおっしゃる。
私にはどうも話が食い違っているように思います。
皇室の正当性は「血統」に基づくものであり、「道徳」に基づくものではない。よって二者択一するなら「血統」ということになる。
これについて私は柳生昴さんに同意見です。
しかし、耕さんは「血統と道徳」は両輪であり、どちらも欠くことはできない。という意見も(話はズレますが)それはそれで一理あります。つまりこれは言い方を変えるのなら「天皇は名君でなければならない」ということですよね。
しかし、天皇も125代も続けは名君ばかりというわけにはいきません。残念ながら暴君もいれば暗君もいます。挙句の果ては「狂気の帝王」と呼ばれた方もおられるではありませんか。
だからこそ日本には「摂政」という制度があるのです。
「摂政」は現代でこそ天皇の外遊時等の臨時代理として機能していますが、そういう困った天皇のときにこそ真価を発揮するシステムです。
「明治以降の皇室において道徳の欠けたる皇室像などというのはもはや有り得ない領域に至ったといえる」というのが耕さんのご意見ですね。では明治以降で言いますが、大正天皇もまた評判の悪い天皇であり(これも異論があるようですが、今回は除外)、大正時代前半は大正天皇が天皇としての職務をしておられますが、後半は一歩退いていただき、皇太子であった昭和天皇が摂政として事実上天皇としての職務をなされております(これが柳生昴さんの言う”押し込め”でしょうか)。
昭和天皇は歴代天皇の中でも評判のいい方であり、「名君」といって差し支えない方であろうとは思います。
しかし、この際はっきりといいます。「名君」なんていません。「天皇は名君でなければならない」から、そのように「作られた」だけです。
昭和天皇も実はいつ何を言い出すか、何をやりだすかわからないお方であり、宮内庁の職員がいつもはらはらしていたというではありませんか。
この程度の話は耕さんも柳生昴さんもご存知だとは思いますが、一つのエピソードをご紹介しましょう。
昭和何年だったかは記憶しておりませんが、日本は1ドル360円の固定相場から自由相場へと移行しました。この際昭和天皇が重大な関与をしているといわれています。つまり、固定相場から自由相場へと移行するか否か決定すべく昭和天皇の前で御前会議が開かれ、いつ果てるともなく議論が続いたといいます。その議論の最中、昭和天皇がおもむろに立ち上がり、突然「自由相場になってどうしていけないか!」とおっしゃったとの事です。君主だけが持つ気品と威厳、圧倒的な存在感。その言葉に誰もが「自由相場になるということは円が強くなるということだからそれはいいことではないか」という昭和天皇の御意思を感じ取り、全ての大臣が思わず「ははっ」と頭をたれ、その場で自由相場への移行が決定したとの事です。
有名な話であり、大臣たちはこのときのことを深い感動を持って語り伝えています。
しかし、ある人が側近の一人に「これ実話か」と聞いてみたそうです。その側近曰く、「事実だ。確かにそういった。しかし、そう深い意味で言ったわけではない。あの方(昭和天皇)はお金というものを使ったことがないお方である。その方の前で自由相場がどう、固定相場がどうという話をしても分かるわけがない。目の前でわけの分からん話をごちゃごちゃずっとしているから、文字通り、言葉通り『自由相場になってどうしていけないか?』とちょっと聞いてみただけだ」というのである。
有名な話であり、この言葉で昭和天皇は経済に強いエンペラーとして歴史に名を残すことになりましたが、事実はこの程度です。
昭和天皇もまた「天皇は名君でなければならない」から、そのように「作られた」天皇なのです。
今上天皇も皇太子時代にはとかくの噂があり、「この方だけは(天皇になっては)困るよ」と宮内庁の職員がぼやいていたという話を聞いた(週刊誌で読んだ)ような記憶があります。しかしそれでも今は天皇陛下として立派に公務をこなされておられるではありませんか。
柳生昴さんは皇太子殿下を暗愚と考えておられるようですが、私は全く逆。雅子様については私も多少感じるところはありますが、皇太子殿下は歴代天皇と比較しても極めてご聡明なお方であると信じています。
「名君」なんて本当はどこにもいません。道徳が足りないというのはそのように「作る」ことができない宮内庁の問題です。宮内庁の全責任です。
秋篠宮様にしてもずっと以前にはとかくの噂があったではありませんか。
「天皇は名君でなければならない」から、そのように「作る」。それは「天皇」という国家の象徴だからであり、その根拠はやはり「血統」にしか求められません。
なお、「天皇が独裁化する可能性も無きにしも非ずです。以前述べたとおり伝統的皇室の姿を保っていれば独裁化することはあり得ませんが、それを裏切った場合はどうされますか。」との事ですが、柳生昴さんはどうお考えになっておられるかは知りませんが、私はそれはないと考えます。
天皇が政治・軍事の中心であったのは平安時代以前の話。平安時代以降日本では権威と権力とははっきりと分割され、天皇は権威を担われました。すなわち明治以降の一時期が少々おかしかっただけで、象徴天皇制こそが日本の国体、皇室のあるべき姿であるといえるからです。その明治以降にしても、昭和天皇御自身が天皇機関説の支持者であったことはご存知ですね(天皇機関説は後に否定されましたが、それは別の話)。これだけ長期にわたって定着した伝統的皇室の姿がそう簡単に変わるとは思えません。
いかがでしょうか。

ご不快に思われましたら、私は所詮、普通科の高校にも行けず、地方の三流の工業高校をやっと卒業しただけの劣等生。高校を卒業しても何の仕事も続かず、会社を転々として今は社員数人の零細工場の工員をしているだけのノータリンです。何も分かりません。
耕さんは大学院に行っておられるのですよね。ならば「馬鹿もいるものだ」と言って笑い飛ばしてください。所詮はノータリンの戯言ですから。ご無礼はお許しください。

投稿: みちお | 2008年7月 3日 (木) 01:32

私は道徳40、血統60なのでそれなりの扱いをします。
皇室の問題は国民の問題です。国民の欠点がそのまま皇室の問題となって立ち現われています。
これは最初に言いました。

投稿: | 2008年7月 3日 (木) 01:16

耕さん
君自身が「3者択1」をしただろう!?
「道徳100でも・血統は”0”」
もう1人が
「道徳”0”でも血統100」のときはどうする?
だから
「暗愚な皇太子は”押し込め”(アメリカ大使赴任?)にしろ!」と言っているだろう?
それが日本の伝統だ。
「諫言」は目立たぬように
礼を失わぬようにするのが「道徳」だよ。
 
鈴音さん
記紀以前・・・ホツマツタエ・・・
縄文の世界ですね。
私は専門家ではありませんが
縄文と弥生がほとんど対立がなかったのは世界でも稀であり・非常に興味深いです。

投稿: 柳生昴 | 2008年7月 2日 (水) 01:35

神武天皇は人の代の初代であって、神ではありません。神の国へ帰るためには、記紀以前に戻らねばなりません。つまりアマテラスカミの時代の検証が急務です。ホツマツタエは全てを解き明かす神の残しフミです。皇室の事は高天原で決めております。人が決められる事ではありません。

投稿: 鈴音 | 2008年7月 2日 (水) 00:09

二者択一はできるできないの話をしているわけではありません。二者択一はすべきではない、と述べています。理由は前回のコメントの通り。
天皇が独裁化する可能性も無きにしも非ずです。
以前述べたとおり伝統的皇室の姿を保っていれば独裁化することはあり得ませんが、それを裏切った場合はどうされますか。皇室への諫言は「道徳」を使わずにできるものではありません。

投稿: | 2008年7月 1日 (火) 23:40

みちお・さん
 武烈天皇は「妊婦の腹を割き」ましたからね。
 しかしこの日本書紀の記述は本当ではないようです。
 ところが・そうすると
 王朝が交代してしまうことになるようで
 日本の皇位の継承も実際は綱渡りだったようです。
 
耕さん
 「3つの大学院に合格し
 2つの大学院は捨てて・今までの大学の大学院に通っている君が
 「二者択一はできない!」
 もないものだ。coldsweats01
 寝言は寝てから言ってほしい。
 日本語が分かるならもう1度読んでみなさい。
 血統を優先しないとコンテストで天皇が選ばれかねない。 
 外国の王室は血統が続いていない。
 そうなるとペット化してしまうのだ。
 やはり5代前の光格天皇より
 天孫の曾孫:神武天皇の方が重要なのだよ。
 (神々に連なるから)
 そうしようね?

投稿: 柳生昴 | 2008年7月 1日 (火) 00:55

血統か道徳か、その二者択一を求めるところがすでに違うと思うのです。血統と道徳は両輪であり、どちらも欠くことはできません。特に明治以降の皇室において道徳の欠けたる皇室像などというのはもはや有り得ない領域に至ったといえると思います。先の大戦のときに先帝陛下は外国に亡命することもできました。その方が皇統の維持という点では安全だったという見方もできます。しかしそれをされなかったのは「国民とともにある」ことが天皇という存在において必須だとお考えになったということではないでしょうか。
血統だけで維持される皇室は外国王室なみの脆さを抱えることになります。西尾氏の言葉を使えば「ただのセレブ」になるということです。
もう一度だけ。血統と道徳は二者択一で考えるべきではありません。

投稿: | 2008年7月 1日 (火) 00:07

歴代天皇陛下の中には、陽成天皇・冷泉天皇等評判の悪い天皇陛下もおられます (まあ、陽成天皇の暴君伝説には疑問もあるようですが、それはこの際除きます) 。
しかしそれでも皇室の権威は全く損なわれることなく現代に続いています。そしてこれからも続いていかれるでしょう。
本文にもありますが、中国の易姓革命のような考え方ではこれは成り立ちません。血統こそ第一。
柳生昴さんに同意します。

投稿: みちお | 2008年6月30日 (月) 23:45

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