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2008年9月 1日 (月)

聖書に言及したオバマ演説

 米民主党のオバマ上院議員が28日に大統領候補者受諾演説を行った。

 都市部のインテリの支持は絶大だが・地方の中低所得者への浸透が課題のオバマ候補としては、減税を掲げ・産業不況の責任を”失政の8年”としてブッシュ共和党政権に帰して・リベラル色が濃厚な演説であった。

 今回・拙者が問題にするのは

 演説の最後である。

 こう言っているのだ!(One two three !)

 「・・・米国は後戻りしない。

 われわれに、”約束”を守らせたまえ。

 決然として 聖書 の言葉を抱き、いささかもためらうことなく、

 希望に向かって」

 

 「われわれに、”約束”を守らせたまえ」と言うのも

 当然

 「神よ!われわれに約束を守らせたまえ」という意味だろう。

 リベラルのオバマ候補でさえこうなのである。

 アメリカ人は何の異存もない。

 これが世界の常識なのである。

 ある意味

 「アメリカは神の国だ

 と述べていると言っても差し支えないであろう。

 政教分離が民主主義の原理だとしても

 慣習的に・伝統的に行われているなら構わないのである。

 

 共産党は

 宗教を否定するが故に社会に権威が無くなり

 独裁政党(共産党)の独裁者が権力と権威を兼ねることになり暗黒政治が行われた。

 権力を制限し

 社会に安定をもたらすには正統で公正な神の如くに神聖な権威が是非ともに必要なのである。

 

 それは西欧社会においてはキリスト教の神であり

 日本社会においては天皇なのである。

 天皇しか居ない。

 日本国憲法の公布文には

 「朕は、

 日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至ったことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法の議決を経た

 帝国憲法の改正

 を裁可し、

 ここにこれを公布せしめる

 御名御璽

 昭和21年11月3日

 内閣総理大臣・外務大臣  吉田茂

 国務大臣  男爵  幣原喜重郎

 以下略・・・」

 と書かれている。

 これは

 天皇の権威によって帝国憲法が改正されて現日本国憲法が制定されたことを明白に示している。

 大日本帝国憲法 → 日本国憲法

 ↑これをつなぐのは天皇の権威しかない!

 「権威による証明」も証明法の1つである。

 

 人は「約束する!」などと言っても

 空証文に終わることがある。

 だから

 「神に誓って約束します!」

 と言うのである。

 十七条憲法推古天皇の摂政である聖徳太子によって制定されたものだ。

 これが

 日本の伝統である。

 伝統こそが権威の最たるものなのである。

 

 では

 ここでは最後にクリックすることが伝統となっています!coldsweats01

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★抗議・街宣

「朝日新聞と凶悪シナ人から池袋を守れ!」

<チャイナタウン構想はシナ人による日本侵略の一里塚>
 朝日新聞の「東京中華街」構想支援を許してはならない

【日時】
平成20年9月2日(火) 午前11時半集合・開始
【場所】
朝日新聞本社前
(地下鉄大江戸線・築地市場)

※雨天決行、プラカードの持参歓迎

【呼び掛け】
主権回復を目指す会
せと弘幸Blog『日本よ何処へ』
NPO外国人犯罪追放運動
在日特権を許さない市民の会
人権擁護法案を阻止する市民の会

【連絡】
西村(090-2756-8794)
有門(090-4439-6570)
 

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コメント

sadatajpさん
分かりました。
これからそう致します。

投稿: 柳生昴 | 2008年9月 7日 (日) 01:36

「育ちませんよ」で終わるのでなく「育てなくては」で締めて下さいよ。諦めを感じさせる言葉でなく攻めの気持ちを起こさせる言葉で常に締めてもらいたい。それだけで気分的にかなり違いますんで。

投稿: sadatajp | 2008年9月 5日 (金) 18:56

sadatajpさん
現憲法は前文からして謝罪文のようなものですからね。
憲法を改正できないなら
日本史や公民などで日本の伝統や習慣を教え・解説すれば良いのですが・これまたノータッチですので倫理も道徳も育ちませんよ。

投稿: 柳生昴 | 2008年9月 4日 (木) 13:55

私の0は原始レベル、野生動物レベルです。そこから始まって試行錯誤と淘汰を経て今に至り、まだその試行錯誤は続いてるという認識です。まあこんなのは個人の捉え方だからいいとして、

>「習慣・伝統がまず先にあってそれを後に明文化したのが各種の法律であり・憲法である」

その通りというかそうあるべきだと思います。しかし現憲法は全然そうではないのですからねえ。私は9条以上にそういうところが嫌。

^^^^^^^
表示がおかしかったのはあの時だけだったみたいです。今は大丈夫ですんで。

投稿: sadatajp | 2008年9月 4日 (木) 06:57

sadatajpさん
 私の「天皇は数学の”0”である。すべての基準となる」と同じ考えです。
 これは主に欧米法の考え方なのですが
 実定法の背後には自然法があるのです。
 つまり
 「習慣・伝統がまず先にあって
 それを後に明文化したのが各種の法律であり・憲法である」
 ということです。

投稿: 柳生昴 | 2008年9月 3日 (水) 15:29

伝統を受け継ぐ者は伝統に強く縛られている。伝統に強く縛られているから伝統を眺めれば何をして何をしないかがわかる。伝統があればあるほど何をして何をしないかに確信が持てる。これが高い信用になる。

伝統を受け継ぐ者は伝統を汚さぬよう強く自身を律している。それが出来るよう幼少から育て上げられてもいる。同様に伝統を引き継ぎ実績を積んだ先代の手によって。それだけの積み重ねがある人物である故にどれだけのことをやってくれるかに対し確信が持てる。これが間違いなく期待に応えてくれるという強い信頼になる。

伝統があるということは長年に渡って淘汰されることなく生き延びてきたという証。この栄枯盛衰の繰り返される世で最も難しいことは淘汰されずに生き残ること。長年に渡って信用を保ち続ける。信頼に応え続ける。これが出来ないと生き残れない。生き残り続けてるということが最高の実績。尊敬に値する実績。

これらが伝統に基づく権威を形作るもの。
伝統こそが権威。その通りだと思います。


==========
政教分離については、私はずっと宗教指導者や宗教団体が政治に関与してはいけないということだと理解してたのですがねぇ。政教分離の考えが生まれたのは宗教団体が政治に関与することの弊害からだったように記憶してるのですが・・・
でもってこの逆の政治が宗教を取り入れるのは別に問題ないのではないかという気が私はしてるのです。考えまとまってないので今のところ強く主張する気はまったくないのですが、そんな気がしてます。なので政教分離の問題はどうも苦手です。

投稿: sadatajp | 2008年9月 3日 (水) 08:04

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